吉本新喜劇の成り立ち
吉本新喜劇の成り立ちは、1959年のうめだ花月劇場開場と同時に「吉本ヴァラエティ」として発足したのがはじめ。
お笑いブーム真っ盛りの1980年頃に、吉本興業のタレントの全国区進出を成功させたが、古いスタイルにこだわる吉本新喜劇は、客足が減り、藤山寛美率いる松竹新喜劇に負けとりました。
そこで再生プロジェクトとして、期限までに観客動員数が目標値に達しなければ吉本新喜劇をやめるというセンセーショナルな「新喜劇やめよっカナ!?キャンペーン」を開始し、人気が回復。
お笑い芸人間寛平や、レイザーラモンのようなスターも生んでいます。今では、若手お笑い芸人の登竜門になり、さらにはグラビア界にも進出しています。
吉本新喜劇の舞台芸人、池乃めだか、チャーリー浜などは、テレビの影響などで全国的な人気を得るまでになっています。