<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>お笑い芸人　一覧</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://urepjoho.com/2/atom.xml" />
   <id>tag:urepjoho.com,2011:/2//5</id>
   <updated>2008-11-20T02:26:49Z</updated>
   <subtitle>お笑い芸人　一覧では、人気のランキングやお笑い芸人のブログの紹介などいろんな話題を紹介しています。</subtitle>


<entry>
   <title>島田紳助</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-39.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.76</id>
   
   <published>2009-03-29T02:26:13Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:26:49Z</updated>
   
   <summary>島田紳助は、日本を代表するお笑いタレントの一人ですが、近年では芸人としての活動よ...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="116" label="島田紳助" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      島田紳助は、日本を代表するお笑いタレントの一人ですが、近年では芸人としての活動よりも司会としての活躍が目立っています。


島田紳助はもともとは漫才師で、漫才コンビ「紳助・竜介」によって一躍有名人になりました。「紳助・竜介」の活動期間は1975年～1985年。この期間中に空前の「漫才ブーム」が起こり、「紳助・竜介」も大ブレイク。島田紳助もブームの屋台骨を支える一人となります。


コンビ解散後は、島田紳助はお笑い芸人の活動に加えて、クイズなどの司会も務めるようになりました。特に「サンデープロジェクト」では、島田紳助の知性の高さも世に知らしめることとなりました。


島田紳助の才能は、単に芸をしたり司会をしたりというだけでなく、その番組の出演者の才能を引き出すこと。島田紳助の「ツッコミ」によって人気が出た芸能人も少なくありません。


島田紳助、2004年の傷害事件でかなりのイメージダウンとなりましたが、2ヵ月あまりで芸能界に復帰。確かに事件は感心できるものではありませんでしたが、彼の復帰のために吉本興業や後輩たちが尽力したことを見ても、かなり人徳はあるようです。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>桜塚やっくん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-38.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.75</id>
   
   <published>2009-03-15T02:24:57Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:25:34Z</updated>
   
   <summary>桜塚やっくんとは、現在活動しているお笑いタレントの一人です。 桜塚やっくんはピン...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="115" label="桜塚やっくん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      桜塚やっくんとは、現在活動しているお笑いタレントの一人です。


桜塚やっくんはピン芸人。芸能人が自分の芸名を替えるのはよくあることですが、この「桜塚やっくん」も改名の結果です。


桜塚やっくんは、以前はお笑いコンビ「あばれヌンチャク」において、本名の「斎藤恭央（さいとう やすお）」として活動していました。しかしやがてコンビは解消。相方は声優業に転向し、桜塚やっくんはピン芸人となりました。


そんな中でできたキャラクターが「スケバン恐子」。スケバンに扮した桜塚やっくんの芸は評判となり、人気を博しました。このスケバン恐子が、後に「桜塚やっくん」になります。


桜塚やっくん、実は以前は「ジャニーズJr.」に所属していたこともあります。桜塚やっくんの女装がけっこうキレイなのも、頷けますね。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>坂上二郎</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-37.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.74</id>
   
   <published>2009-03-04T02:23:44Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:24:18Z</updated>
   
   <summary>坂上二郎は、日本を代表する芸能人の一人です。 歌手を目指して鹿児島から上京した坂...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="114" label="坂上二郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      坂上二郎は、日本を代表する芸能人の一人です。


歌手を目指して鹿児島から上京した坂上二郎でしたが、当初は歌手としては全く売れませんでした。しかし後に、コメディアンとして成功を収めることになります。


坂上二郎を有名にしたのは、何といっても「コント55号」でしょう。このコント55号は、もとは坂上二郎が萩本欽一を誘って作った即興のコンビでした。これは坂上二郎が歌手になる夢をあきらめて転職しようと考えていた頃のことでしたが、このコンビの芸が意外に好評で、あれよあれよという間に芸能界の売れっ子に。


坂上二郎は、その後10年ほどコント55号として活動し、その後は萩本ともども、ピン活動が中心になりました。萩本がコメディアンとしての活動を続ける一方で、坂上二郎はテレビ・映画・舞台などで、コント55号時代から始めていた俳優としての活動を本格化させます。また歌手としての活動も行っています。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>コント55号</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/55.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.73</id>
   
   <published>2009-02-22T02:22:24Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:23:20Z</updated>
   
   <summary>「コント55号」とは、萩本欽一と坂上二郎によるお笑いユニットです。 コント55号...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="113" label="コント55号.萩本欽一" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="114" label="坂上二郎" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      「コント55号」とは、萩本欽一と坂上二郎によるお笑いユニットです。


コント55号の主な活動期間は1966年～1975年。ストリップ劇場の幕間コントで知り合った２人が、即席で組んだコンビ名が「コント55号」。しかしこのコント55号のコントがあちこちで評判になり、やがてコント55号の名のままテレビ出演もするようになりました。当時は演芸ブームの真っ只中、コント55号も売れっ子コメディアンの例に漏れず、多くのレギュラー番組を抱えることとなったのです。


コント55号の芸は、主に萩本扮する変人が、坂上扮する一般人を狼狽させるもの。とはいえ、萩本のツッコミ以上に坂上のボケは強烈で、それがさらに聴衆の笑いを誘いました。


コント55号は今も解散したわけではありませんが、70年代後半から、しだいにコント55号としての活動は縮小していきました。当時もコント55号の人気は非常に高かったのですが、萩本が「世間は自分の坂上へのツッコミを&quot;欽ちゃんが二郎さんをいじめている&quot;ととらえている」と知ったことでショックを受けたことが、コント55号の活動縮小の一因となったようです。


とはいえ、現在でも時折コント55号としての芸をテレビで見ることができます。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>コント赤信号</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-36.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.72</id>
   
   <published>2009-02-11T02:20:45Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:21:55Z</updated>
   
   <summary>コント赤信号とは、3人組のコントグループです。 コント赤信号のメンバーは渡辺正行...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="107" label="コント赤信号" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="108" label="小宮孝泰" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="109" label="渡辺正行" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="110" label="石井章雄" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="111" label="（ラサール石井）" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      コント赤信号とは、3人組のコントグループです。


コント赤信号のメンバーは渡辺正行・石井章雄（ラサール石井）・小宮孝泰。コント赤信号の3人は、もともとは「劇団テアトル・エコー」養成所にいましたが、その後コント赤信号を結成、「花王名人劇場」にてデビューしました。


コント赤信号は、80年代のお笑いブームの中、大勢を占める関西勢と対等に渡り合った、数少ない関東勢グループの一つです。コント赤信号はこのブームの中で、今や伝説のお笑い番組「オレたちひょうきん族」にもレギュラー入りを果たしており、大活躍をしました。


コント赤信号は、現在は3人がそれぞれピンで活躍していますが、正式に解散したわけではありません。近年では、ラサール石井が主役の声をあてているアニメ映画「こちら葛飾区亀有公園前派出所　THE　MOVIE2」に、ほかの2人も共演するなど、相変わらずメンバーの仲はいいようです。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>コロッケ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-35.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.71</id>
   
   <published>2009-01-31T02:19:43Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:20:20Z</updated>
   
   <summary>コロッケは、今や日本を代表するものまね芸人の一人と言っても過言ではないでしょう。...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="106" label="コロッケ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      コロッケは、今や日本を代表するものまね芸人の一人と言っても過言ではないでしょう。


コロッケのブレイクの直接のきっかけになったのは、フジテレビの「ものまね王座決定戦」。コロッケは「ものまね四天王（ほかに清水アキラ・栗田貫一・ビジーフォー）」の一員として、90年代の「ものまねブーム」の牽引役として活躍しました。


コロッケの芸風は、ものまねをする対象に忠実に似せるというよりも、その対象の特徴を誇張して笑いを取るというもの。当初は声帯模写は一切行わず、振り付けや表情などのものまねを行っていましたが、後に声帯模写も併せて行うようになりました。


コロッケの有名のレパートリーの例としては、五木ひろしや美川憲一、千昌夫、岩崎宏美、島倉千代子、美空ひばり、森進一など。コロッケはレパートリーが多いがゆえに、ものまねの対象となる芸能人との逸話も多いようです。


コロッケの芸は深く、ものまねブームが去った現在でも、コロッケの芸能界の大物としての地位は不動のままです。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>加藤茶</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-33.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.69</id>
   
   <published>2009-01-24T02:16:36Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:17:22Z</updated>
   
   <summary>加藤茶は高校中退後、1960年に上京し、いかりや長介と共に「桜井輝夫とドリフター...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="102" label="加藤茶" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      加藤茶は高校中退後、1960年に上京し、いかりや長介と共に「桜井輝夫とドリフターズ」に入ります。


「ドリフターズ」は、現在はコントグループとして知られていますが、もともとはミュージシャンとして活動していたグループ。


そのドリフターズが、1964年以降再結成され、リーダーのいかりや長介をはじめ荒井注らと音楽を超え、お笑いコントグループとして頭角を現しました。


ドリフターズといえば、1969年に放送開始された伝説的人気お笑い番組『8時だヨ！　全員集合』。そこで加藤茶は、芸をヒットさせ、主に小学生から熱い支持を受けるようになりました。


加藤茶は、トレードマークとなっているちょびヒゲ、はげヅラ頭、ビン底メガネ姿で「加トちゃんぺ」と2本の指でちょびヒゲを押さえるお笑いギャグが流行り、人気者に。


また、『タブー』の曲に合わせピンクの照明に照らされた加藤茶のセクシーダンス「ちょっとだけよ～」も定番ギャグとなり人々を沸かせました。

      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>青木さやか</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-32.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.68</id>
   
   <published>2009-01-19T02:15:31Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:19:13Z</updated>
   
   <summary>青木さやかは大学卒業後、タレント養成所に通いローカルテレビのフリーアナウンサーと...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="101" label="青木さやか" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      青木さやかは大学卒業後、タレント養成所に通いローカルテレビのフリーアナウンサーとして活動していました。その当時のVTRはたまにお笑い番組でも流されています。その後、青木さやかは林寛子の付き人を経て今をときめく女お笑い芸人となりました。


青木さやかは、しばらくは不安定な生活が続くが、フジテレビ系『笑う犬の太陽』『ネプリーグ』などに出演し、徐々に仕事量が増えました。


青木さやかは、同時期、日本テレビ系『エンタの神様』などのネタ番組に出演したことにより、青木さやかの人気は一気に上昇。


今ではお笑い芸人としてだけではなく、女優や司会者としても活躍しています。また、青木さやかは2004年に週刊誌で惜しげもないビキニ姿を披露し、世間を賑わせました。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ピン芸人</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-31.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.67</id>
   
   <published>2009-01-14T02:14:02Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:15:07Z</updated>
   
   <summary>ピン芸人は、複数ではなく一人でネタを披露する芸人のことをいいます。活躍しているピ...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="100" label="ピン芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      ピン芸人は、複数ではなく一人でネタを披露する芸人のことをいいます。活躍しているピン芸人はお笑いブームの影響もあり、大勢存在しています。


ピン芸人のお笑い芸風は多種多様。


ピン芸人の中でも活躍しているのは、木村祐一、江頭2：50、劇団ひとり、長州小力、桜塚やっくん、陣内智則、だいたひかる、山田花子、青木さやかなど多数。


ピン芸人と勘違いされているのは、「ぐっさん」の愛称で大人気の山口智充、「アホの坂田」で有名な坂田利夫、トミーズ雅など。


ちなみに今ブレイク中の劇団ひとりは、お笑い芸人以外にも俳優として活躍しています。さらに作家としても売れており、処女作『陰日向に咲く』は大ヒットを記録しています。女性ピン芸人であるだいたひかるは、日常生活の出来事を的確に見抜き、ネタにしています。『あるあるネタ』と呼ばれています。また同じ女性ピン芸人の柳原可奈子のような、モノマネネタでウケているピン芸人も。かつて人気のあったお笑いピン芸人つぶやきシローは、ただボケのみのネタです。空気感や独特な間がウケました。


ピン芸人ではあるけれど、複数の人間を演じ、ボケもツッコミも行うピン芸人もいます。




      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>志村けん</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-30.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.66</id>
   
   <published>2009-01-09T02:12:27Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:13:24Z</updated>
   
   <summary>志村けんは18歳の頃、「ザ・ドリフターズ」に弟子入り兼付き人になったもののわずか...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="59" label="ザ・ドリフターズ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="99" label="志村けん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      志村けんは18歳の頃、「ザ・ドリフターズ」に弟子入り兼付き人になったもののわずか１年余りで逃亡。だが再び戻ることに。その後志村けんは、1972年にお笑いコンビを結成するが大失敗に終わったのです。


志村けんにチャンスがめぐってきたのが２年後。「ザ・ドリフターズ」のメンバーであった荒井注の脱退により、志村けんは見習いを経た後正式メンバーとして加わりました


志村けんは、しばらく試練の時を過ごしました。だが、1976年に、出身地である東村山市の制定音頭『東村山音頭』を歌うと、たちまち子どもたちからの熱い支持を受けはじめました。


ウケなかった志村けんのギャグもしだいに認められ、お笑い芸人としての存在を現しました。


志村けんはやがて「ザ・ドリフターズ」で人気ナンバーワンになるほどの人気を得て、お笑い界の重鎮として現在も大活躍中です。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>くりぃむしちゅー</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-34.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.70</id>
   
   <published>2009-01-06T02:18:04Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:18:55Z</updated>
   
   <summary>くりぃむしちゅーとは、上田晋也と有田哲平によるお笑いコンビ。くりぃむしちゅーは「...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="103" label="くりぃむしちゅー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="104" label="上田晋也" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="105" label="有田哲平" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      くりぃむしちゅーとは、上田晋也と有田哲平によるお笑いコンビ。くりぃむしちゅーは「くりぃむ」などと省略して呼ばれることも多いです。


くりぃむしちゅーにおいては、もともとは上田がボケで有田がツッコミでしたが、現在ではその役割は逆になっています。


くりぃむしちゅーは、もとの名前を「海砂利水魚（かいじゃりすいぎょ）」といいました。しかし2000年、TBSの「新・ウンナンの気分は上々。」において、「コンビ名改名対決」でバカルディ（現・さまぁ～ず）に敗北し、コンビ名の改名を余儀なくされます。そこで決まった名前がくりぃむしちゅーというわけです。


くりぃむしちゅーは、有田の好物が「クリームシチュー」だということから来ているそうですが、実際には有田はそれほどクリームシチューは好きではないのだとか。


改名したあたりからくりぃむしちゅーの仕事は増え続けたようで、現在ではくりぃむしちゅーとしての活躍以外にも、2人それぞれのピンの活動も目立っています。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ロンドンブーツ１号２号</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-29.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.65</id>
   
   <published>2009-01-03T02:10:55Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:12:00Z</updated>
   
   <summary>ロンドンブーツ１号２号は、ボケ担当の田村淳と、超天然キャラのツッコミ担当田村亮に...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="51" label="ロンドンブーツ１号２号" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="54" label="田村亮" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="98" label="田村淳" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      ロンドンブーツ１号２号は、ボケ担当の田村淳と、超天然キャラのツッコミ担当田村亮による大人気お笑いコンビです。


ロンドンブーツ１号２号のコンビ結成は1993年。当時&quot;ホコ天&quot;と呼ばれていた原宿の歩行者天国での路上ライブ活動を経て、翌年オーディションに合格し芸能界デビューを果たしました。


ロンドンブーツ１号２号はその後、若手お笑い芸人にも関わらず多数のレギュラー番組を抱え、冠番組をも獲得する人気ぶり。


ロンドンブーツ１号２号は、所属する吉本興業の大先輩ダウンタウンやナインティナインに続く売れっ子お笑いコンビとなりました。その爆発的な人気は今も衰えていません。


ロンドンブーツ１号２号名義で３枚のCDも出しています。


また、ロンドンブーツ１号２号はダウンタウンら吉本興業の芸人と組んだユニット『Re:Japan』として、2001年に『NHK紅白歌合戦』にも出場。


ロンドンブーツ１号２号の田村淳と田村亮は、同じ苗字ですが、兄弟でも親戚でもありません

      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ナインティナイン</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-28.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2009:/2//5.64</id>
   
   <published>2009-01-01T02:09:23Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:10:33Z</updated>
   
   <summary>ナインティナインの岡村隆史と矢部浩之は、同じ高校のサッカー部の先輩・後輩で結成さ...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="95" label="ナインティナイン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="96" label="岡村隆史" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="97" label="矢部浩之" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      ナインティナインの岡村隆史と矢部浩之は、同じ高校のサッカー部の先輩・後輩で結成されています。


ナインティナインは1989年に矢部浩之からの誘いで、NSC９期生として入所、1990年にコンビを結成しました。


ナインティナインを結成した頃は、岡村隆史がツッコミを担当し、矢部浩之がボケを担当。


1991年にナインティナインは吉本興業の若手お笑いコンビ６組で結成された、『吉本印天然素材』というユニットに加入し東京へ進出しました。岡村の小柄な体格や得意のダンスがうけ、ナインティナインはお笑いコンビとしての人気をつかんでいきます。


ナインティナインは３年後にユニットを脱退し、芸歴４年目にして数多くのお笑い番組に出演、レギュラー番組を得ていきます。以来ナンティナインの人気は衰えることなく、勢いは留まることを知りません。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ウッチャンナンチャン</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-27.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2008:/2//5.63</id>
   
   <published>2008-12-24T02:08:09Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:09:04Z</updated>
   
   <summary>ウッチャンナンチャンは、1985年に内村光良と南原清隆により結成。日本テレビ系『...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="92" label="ウッチャンナンチャン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="93" label="内村光良" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="94" label="南原清隆" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      ウッチャンナンチャンは、1985年に内村光良と南原清隆により結成。日本テレビ系『お笑いスター誕生!!』にてお笑いコンビとして精力的な活動を開始しました。


ウッチャンナンチャンというコンビ名は、内村光良と南原清隆の苗字から由来。


ウッチャンナンチャンは、80年代後半の若者が使用していた言葉や生活スタイルをネタにコントをし、人気を獲得していきました。1988年から放送されたフジテレビ系深夜番組『夢で逢えたら』で、ウッチャンナンチャンの人気は不動のものになったのです。


その後ウッチャンナンチャンは、とんねるず、ダウンタウン、B21スペシャルらとともに「お笑い第三世代」と呼ばれ、お笑い界で活躍中です。


      
   </content>
</entry>

<entry>
   <title>ダウンタウン</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://urepjoho.com/2/cat8/post-26.html" />
   <id>tag:urepjoho.com,2008:/2//5.62</id>
   
   <published>2008-12-18T02:06:38Z</published>
   <updated>2008-11-20T02:07:34Z</updated>
   
   <summary>ダウンタウンは、ボケ担当の松本人志とツッコミ担当の浜田雅功による関西出身のお笑い...</summary>
   <author>
      <name>maithamada</name>
      
   </author>
   
      <category term="お笑い芸人" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="89" label="ダウンタウン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="90" label="松本人志" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="91" label="浜田雅功" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://urepjoho.com/2/">
      ダウンタウンは、ボケ担当の松本人志とツッコミ担当の浜田雅功による関西出身のお笑いコンビ。


ダウンタウンのトレードマークといえば、松本人志はスーツを着用し浜田雅功はラフな格好というアンバランスな風貌です。


ダウンタウンの松本人志と浜田雅功は小学生からの友人で、中学も同じ。だが高校はそれぞれ別で、卒業後も各々進路が異なっていました。


ダウンタウンが結成されたのは、浜田雅功が就職の決まっていた松本人志をお笑いの道に誘ったからといわれています。


そして、吉本興業の芸人養成所の関西NSC第一期生としてダウンタウンは入学。


ダウンタウンの同期生にはハイヒールやトミーズなどがいます。


ダウンタウンは後にデビューするものの、客にウケず野次を飛ばされたり、「帰れコール」を浴び、屈辱的な日々が続きました。


ダウンタウンにチャンスがめぐってきたのは、デビューして6年目のこと。毎日放送の『４時ですよーだ』という番組に出演したことによりお笑いコンビとして一気に脚光を浴びたのです。


ダウンタウンは、今や押しも押されぬ人気コンビで、常にお笑い界の第一線にいます。

      
   </content>
</entry>

</feed>

